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真田丸最終話。

大河ドラマを最初から最後まで見続けたのは初めてのことである。真田丸は、戦国武将である真田昌幸の息子。皆も知っている真田信繁(幸村)を主人公とした大河ドラマである。信繁は、大坂夏の陣で一躍有名になった武将である。私は、真田昌幸、信繁の親子は戦国時代の中でも何より好きな武将である。

真田丸は、父から子へと受け継がれるものの大切さが分かるような物語であったと思う。

 

信繁の父である真田昌幸は、戦国時代を巧みに生き抜き、「表裏比興の者」と称された優れた軍略家である。昌幸は、父から受け継いだ真田の家を守り抜き、国衆から一大名へと導いた名将である。この父から受け継いだ「策」が真田丸のキーになり、信繁は、最後の戦いである大坂の冬の陣・夏の陣で、父から受け継いだものを遺憾なく発揮し、破竹の勢いで敵勢を打ち破ったのは有名な話である。

 

その信繁も、父になったわけだが、信繁の子である大助にも、信繁から受け継がれたものがある。大助の最期は、豊臣秀頼の自害を見届けた後、自害したと言われている。大助は、大坂夏の陣で真田勢が劣勢になると、大阪城に戻った。大助は、その前の戦いで足を負傷しており、信繁に「大阪城に戻り、秀頼公をお守りせよ」と命を受けた。その命に従い、秀頼公の最期を見届けた。自害する2日前、大阪城からの脱出を勧められたのだが、それを拒否し、最期は鎧を脱ぎ捨て自害したのであった。それを見た周囲の者からは、「さすが武士の子」と賞賛を受けたのであった。父の背中を見て育った大助は、武士として見事に果てていった。

 

信繁も大助も、偉大な父のように史に名が残るような立派な最期であったと言える。真田左衛門左信繁、日本一の兵であった。